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2006年 01月 24日
街のあちこちに不格好な雪だるまが登場した。 近所の公園で雪だるまをつくっている外人のキッズたちを ぼんやり眺めながら(完成したのはシルクハットを被ったスノーマン。ザ・アメリカンスタイル!)、ぼくはナムコの『塊魂』というゲームを思い出した。 玉をころころ転がして、落ちているものをくっつけて大きくする というシンプルなゲームだが、まさに雪だるまの作業行程そのままである。 続編の『みんな大好き塊魂』には、 そのものズバリの雪玉を転がして巨大な雪だるまをつくるステージがあるのだが、 「雪だるまつーくーりーたーい ただただ転がしたいのーよー」 「真似? 塊魂が? MANE? リスペクトTHE雪ダルマダゼー!!!」 「けっきょく真似だけど、塊魂もたのしいよ」 というセリフを登場キャラクターに言わせている。 当然、制作者も『雪だるま』と『塊魂』との共通点は分かっていらっしゃった。 雪だるま面は、ほかのステージと違って時間無制限で、ただひたすら雪玉を転がしていくのだが(一応、雪だるま頭部をこしらえて、ボディに乗せればクリア) みかんの皮や木枝といった小さなものから、 ペンギン、アザラシ、イヌイット、ゆきんこ、スキーヤー、 果ては氷漬けになったマンモスなどをどんどん巻き込んで巨大化し、 飽きるまでずーっと転がしていられる。 しかし、これが飽きない。 延々とコロコロコロコロやっていられる。 ただ転がすだけなのに、なぜか楽しい。この中毒性は一体ナンだ!? たしかに、運動会の大玉ころがしは盛り上がる競技だし、 赤ちゃんやワンちゃんはボールを転がしたり、放り投げたりして喜ぶ。 大人はサッカーやパターゴルフが好きだし、 タマが釘の隙き間を転がり落ちるパチンコだって、きっとそうだ。 ぼくも小学生の頃に、ふすまの溝部をレールに見立て、 ビー玉をころがして競争させていた(欠陥住宅のためビー玉は勢いよく転がった)。 『塊魂』はハイセンスなグラフィックと良質なBGMによって 女性ウケもよく、シリーズ累計本数は50万本のスマッシュヒットとなったが、 “ころがす”のが楽しい、というのはもしかするとヒトの本能なのかもしれない。 “ころがす”で思い出したのだが、 『ポケモン』の生みの親である田尻智が、ゲームフリーク時代に『クインティ』というゲームを制作したが、その際、 ナムコの黄金期の歴史を遡っていくと、『パックマン』は“食べる”ゲームで、『ディグダグ』は“掘る”ゲームだった。つまり、これまで自分がやってきたゲームは、中学生のときに散々覚えさせられた英語の動詞が鍵だったんだと。それで『クインティ』の場合は“めくる”っていう動詞をキーワードに決めたんだよね。 (『CONTINUE』vol.8 「田尻智の80年代」より) と、のちに述懐しているのが印象的だ。 たしかにナムコ産のゲームを見てみると、『リブルラブル』は“囲む”ゲームで、『もじぴったん』は“繋ぐ”ゲーム、『Mr.ドリラー』は“掘りすすむ”で、『ワンダーモモ』は“パンチラる”か? ほかにも、“ひっぱる”“くっつける”“よける”“斬る”など、あらゆる「動詞ゲー」が発売されているが、『塊魂』の動詞は“ころがす”だ。 結局、田尻智はできあがった『クインティ』を憧れのナムコに持ち込んで、発売に至るわけだけれども。 それはさておき、『塊魂』を最初に見たときの印象としては、 ATARIの『マーブルマッドネス』(ちなみに日本ではナムコが輸入販売していた。MD版はテンゲン開発)に似てるなぁ、というものだったし、アーケードで稼働していたナムコの『アルマジロレーシング』というゲームがまっさきに思い浮かんだ。 どちらもトラックボールを使って転がすゲームで、あー『塊魂』もトラックボールでプレイできたら楽しいだろうなぁ、と思った。 だが、アナログスティック2本以外のボタンを一切使わない操作デバイスは魅力的で、トラックボールがなくても十分ころがす雰囲気は味わえる。 ディレクターの高橋慶太氏は、PSPでの発売を快く思っていないらしいが、 続編ばかりが売れる現状と売り上げやマーケティングに支配されるゲーム業界に 対する嫌悪感もあるだろうが(『みんな大好き塊魂』は続編至上主義に対する皮肉が満載)、そもそもPSPではあの独特の操作感が味わえないからではないだろうか? さて、“ころがす”ゲームといえば先にあげたゲーム以外にも、 『コロコロカービィ』『キャメルトライ』『スーパーモンキーボール』(そういえば、ナムコはDSで『パックンロール』というスタイラスペンを使ってころがすゲームを出していた)など様々だが、実は、『塊魂』には“ころがす”以外にもうひとつの動詞がある。 “はがす”だ。 『クインティ』の“めくる”にも近いが、 道路に張りついたマンホールや教室の壁に貼ってある半紙、 巨大化した塊が遺跡や地表を“はがす”感覚はなんともいえず興奮する。 “ひっぺがす”と言ってもいいかもしれない。 かさぶた、ケータイの保護シール、固めるテンプルでかたまった油よごれ、 クヌギの樹皮、風呂場の割れたタイル、朽ちた土壁などを“はがす”快感って、 どんな人でも共通してあるんじゃないだろうか? ぼくだけ? そんなわけで、 “ころがす”“はがす”の魔力にやられてしまったぼくは寸暇を惜しんで一晩中ずーーーっと『塊魂』をプレイし続けたわけだが、よくこんなゲーム思いついたよなぁ、と感心してしまった。そして、このトンチキな企画にGOサインを出すナムコは さすが「あそびをクリエイトする」会社だなぁ、と思った。 高橋氏は、いずれゲーム開発の仕事をやめて児童公園の設計をしたいそうだが、きっとその公園では巨大なかたまりに飲み込まれた子供たちがキャアキャアはしゃいでいるんだろう。 余談ではあるが、 「名作といえるゲームタイトルをひとつだけ挙げるとするなら?」という質問に、 高橋氏は「電線」と答えていた。 ぼくも(おそらくバイトさんも)、『電線』のためにPS2本体を買ったのに。 つくづく発売されなかったことが惜しまれる。
by ganbaru_yozemikun
| 2006-01-24 21:18
| Game
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